寝る前の読書が楽しい

 風呂に入り歯を磨き布団に入り、さあ、あとは寝るだけだという時に色々な事が頭に思い浮かんで眠れなくなってしまうということがあり、その時間を埋める為に眠くなったらいつでもやめて良いという自分ルールで読書を始めたのだが、これがとても良く本の内容に没頭するちょっとした時間の間だけ日常を忘れることが出来るのが自分のメンタルにとても良かったようだ。
 日によっては長い時間没頭してしまい、夜更かしをしてしまうことがあったり、読んだ内容を反芻してしまって逆に眠れなくなったりと良いことばかりではないのだが。

 当たり前のことを言うのだが、本はネットに書いてないことがたくさんあって楽しい。読みたいテーマについて真剣に研究されてきた方が文章をまとめ、編集の方と何度も推敲した末に出来ているものなので、そりゃそうだろうと思うのだが、恥ずかしながら今になるまでそのことに長い間気付けなかった。これほど面白いものだとは。

 じゃあどんなジャンルの本を読んどるねんという話になるのだが、主に民俗学に関する本を手に取ることが多い。
 民俗学はいわゆる伝統芸能民間信仰の由来を研究する分野なのだが、例えば一度は聞いたことがあるであろう「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」という逸話を掘り下げて、その逸話の由来を考察するというもの。
近代医学が無い時代に人々は疫病からどのように身を守っていたかとか、厄が家に入ってこないようにイワシの頭を玄関先に飾ったとか、忌み田では畑作をしないほうが良いとか、ナマラスジと呼ばれる信仰を無くしたその土地の神が通るとされる道は避けたほうがよいとか、簡単に言えば明治以前の暮らしのディテールを深堀りしていく分野である。
 令和になった現代と明治以前の世界で生きてこられた方々の暮らしは当然ながらかなり違う。先祖の霊や土地神を祀り、生者と死者の関係が現代と比べるとより密接だったので、当たり前だが現代人と明治以前の人間とでは考え方が当たり前のように違うし、生活様式もかなり違う。
 両親が過ごしてきた時代の話や、自分が幼い頃はどんな時代だったかを思えば現在と比べて大きく変わっていることに気付けるように、何世代も前の時代は大きく異なる。生活が現代様式に変わってから失われたものや、今も尚伝承が続いている祭祀の起源を知り、その時代に生きた人々の人間性に迫ることが民俗学の醍醐味だと思っているのだが、自分はまだまだ浅学なのでまだ気付けていない楽しさがあるのだろうし、本当に民俗学の研究をされている方は楽しいだけではダメで、一次資料の読み込みや現地調査を経て証明しなければならない分野なので、面白いで済まして良いものか……と迷うところもあるのだが、これまで読んできた中で面白い、読んでいて楽しいと感じた本を挙げていく。


日本の呪い (小松和彦 著)

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 民俗学の研究者、小松和彦先生による日本の呪いの本。
呪いといえば有名な丑の刻参りをはじめとして、人を呪う行動の実際の効果は置いておいて、その行動で何が変わるのか、呪いで用いられる呪具は何を意味しているのか、そして先祖の霊を鎮める為の呪いや、穢れを祓うための祈祷の歴史に至るまで、とても読みやすい文章で解説してくれる。
尚、呪いの歴史やそれらの捉えられ方について解説されている本なので、実際に呪いにまつわる行動の実践を推奨するものではない。
同じ小松先生の本で「神隠しと日本人」という本もあるが、そちらもとても読みやすく、面白かった。


禁忌習俗事典 (柳田國男 著)

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 日本民俗学の父、柳田國男先生によるかつての日本の暮らしで禁忌とされてきたものの事典。
 日本全国の禁忌や忌みが辞書のような形式で紹介されている本で、スキマ時間でも少しずつ読むことができる他、何より読みやすい。
 自分が住んでいた地域にはどのような風習があったのかを知るきっかけにもなり、一つの禁忌の紹介も辞書の説明文のようなボリュームなので読書を中断してその逸話を考察する楽しみもある。
 一つのエピソードを掘り下げていくというよりは、小さなエピソードを何種も紹介してくれるので活字に苦手意識がある方でも挫折せずに時間をかけて読み切ることも出来るし、何より神道と仏教のミックスが一番信じられていた土地でここまで多様な信仰が生まれているのは驚嘆する。
 昔の人の暮らしが詳細なディテールで語られる為、暮らしの中にあるものの関係性を知るという点においてもとても楽しい本だった。


魔術の歴史 氷河期から現代まで (クリス・ゴステン 著)

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 こちらの本は民俗学と言うより考古学寄りで、世界各地の魔術について、紀元前の氷河期から近代までの變遷を考察する。尚、こちらは主に海外の事例が主で、日本の事例は紹介されていない。

 ひとえに魔法と言っても杖をかざして炎を出したりするそれではなく、人間が次元の違う存在(いわゆるその土地や動物の神や死者)との交信を行なうための行動を魔術と呼ぶ。異界で啓示を聞いたシャーマンが人々にそれを伝えるというもの。
 まだ洞窟で暮らしていた人類の世界の中では洞窟の岩の中に神が居たとされており、一族のシャーマンが危険な旅路を経て精霊や神からの啓示を聞いたとか。
 紀元前から近代のアレイスター・クロウリーによるmagickの考察までたっぷりのボリュームで人と魔術の関わり合いを追うことが出来る。

 ちなみに民俗学という呼ばれ方は日本独自の呼ばれ方なようで、海外の同様の事例を調べる際に民俗学でヒットしないことが多々あるので、そこをきちんと知っておきたい。考古学が一番近いのだろうか…。



 民俗学の本を読んでみようと思ったきっかけは自分の出身地である岡山県のルーツをもっと知ってみたいと思ったことだった。
 岡山県は瀬戸内海に面した山陽と呼ばれる地域と、山林に囲まれた鳥取との県境付近の山陰という地域に分けられるのだが、山陽の地域、特に岡山市の南側や倉敷市付近では元々浅瀬の海が広く広がっており、現在ほど平地が無かった為農業地開拓のための干拓が盛んに行われていた土地だった。干拓事業は戦国時代から昭和に至るまで長い期間をかけて行われてきたのだが、干拓前の平地の面積はあまり広くなく、県の大部分が山林に囲まれた土地である。

 余談だが、大雨が降った際市内の用水路と道路の境目が曖昧になり、人や車が飲まれてしまう人喰い用水路と呼ばれるほど用水路が多いのは、主に農業用水を確保するための設備であり、柵が設置されているのが少ないのは、用水路があまりにも多すぎるため、新たに柵を設置しても風雨で劣化した古い柵のメンテナンスをし続けなければならず、工事がずっと終わらないという問題等がある。


 そうした土地故に山間部で催される祭祀も独特なものが多く、修験道真言密教がミックスされた祭りもあれば、前途でも触れたナマラスジと呼ばれる信仰を無くした神や先祖の霊が通る一本道、城主の娘が非業の死を遂げたことを知った城主の父親が呪詛の儀式を行い、敵方の兵士が狂い死にしたとされる言い伝えがある神社(※その神社は呪いの成就を助けるというより、呪いを受け入れ参拝した人を救う神社である)などバリエーションがとても豊かな土地である。


 日本人なら誰でも知っている岡山の最大コンテンツこと桃太郎にも諸説あり、自分自身は桃太郎は吉備津彦命で朝廷から遣わされた武士が当時その土地を統治していたとされる鬼の温羅(うら)を討伐した。という話を信じているが、吉備津彦命は異界から来た武士だった、温羅は海外(おそらく百済)から来た人だったとか、様々な説がある。
そうした昔からの風習や様々な形の信仰が多種多様な場所が岡山県であり、今も尚その暮らしの跡が継承され残り続けている貴重な土地であったのでこれは調べられずにはいられないと思い至ったわけだ。久世町の両山寺護法祭とかも楽しい。


 生者と死者の関係が現代より密接で、山林によって隔たれた村や集落の数だけ形の違う信仰があり、発展を遂げてきた岡山県の多様さを知ることが出来たのはとても良い体験だった。

 長い間脱線してしまったので寝る前に本を読む話に戻すと、自分は単純に民俗学ジャンルに手を出してみて楽しい体験をしたのでそこに落ち着いているが、そうした本ではなく小説でもいいし、自分が好きなジャンルの本を見つけて読めば楽しいという話で、仕事や日々の生活、インターネットでの出来事を忘れて楽しみを見い出せる時間を作れるということがとても楽しいし、一日の中でメンタルの回復ポイントを作ることが出来るので、心がささくれがちな時こそ本を読もうと思った。

 尚、自分は寝る前部屋を真っ暗にした状態で、Kindleを開いて読んでいるのだが、同じような環境で読書される場合はスマホのディスプレイの発光で眼精疲労を起こしやすくなってしまう為、ダークモードを活用するか、出来るのであれば明るい部屋、もしくは読書灯の使用を推奨したい。眼精疲労には特に注意していただければ幸いだ。