2024年を振り返る
年の初めになると去年起きたことを振り返えってまとめられている日記を読ませていただくことがとても好きだったのだが、そういえば自分が去年起きたことを振り返る機会は今まで無かったなと思い、形にしてみることにした。
ただ、月毎の出来事を整理していくと意外と難しく、どのような形で書くか少々悩んでしまった結果、24年で特に関心があったものや身の回りで起きたことを中心にまとめてみようという形になった。
本を読むのが楽しい
以前日記にも書いたのだが去年は本をずっと読んでいたなという年だった。
とはいっても自分は本を読むのが結構遅い方なので、人に自慢できるほど数を読んでいるわけではなく、単純に例年と比べて本を読む時間が多かったなという形。
そもそもなぜ本おもしれ〜と思うようになったきっかけは本を読んだことがきっかけではなく、ゲームからだった。
ソウルライクと呼ばれるジャンルのゲームBloodborneのゴシック建築の街が舞台であるヤーナムの街がものすごく好きだった。
なぜヤーナムの街が自分に刺さったのかということをゲームをプレイしながら考えてみると、マップの至るところにその場所で暮らしていた人達が何かをした痕跡やメッセージがあり、前者に関しては特にキーアイテムを拾わずとも何となく察することができるような、状況で物語る背景デザインがとても好きだったのだということに気付いた。
Bloodborneのような背景が好きなことに気付いたからには自分でもストーリーを感じさせる背景を作ってみたいと思ったのだが、そうした背景を作るにはその土地の人達の暮らしや状況を想像する力が必要なので、そうした知識が圧倒的に足りないと思い本を読み始めるに至った。
ただ、その当時の民間の人達の暮らしのディティールを知るためのキーワードがなかなか掴めず苦心していた所、家族に民俗学という分野がいいと思うよという助言とオススメの本を何冊かピックアップしてもらった所、そうそうこれだよこれ!と思うような情報がたくさんあり、まずは民俗学から知ってみようと思った。
民俗学は近代に産まれた新しい方の学問で、世界の諸民族の文化や社会を研究を専門としているが、日本で代表的なのは柳田國男が文明開化によって急速な暮らしの近代化がなされる一方で失われつつある従来の生活様式や文化を研究するもの……というのがざっくりとした概要なのだが、異なっている箇所があればご指摘いただけますと幸いです。
日本の暮らしで言えば現代の暮らしの中にも明治以前の暮らしや信仰が影響され続けていて形を変えながら残っているものもある。
代表的な例で言えば正月に多く食べる餅は供え物としての役割を持つ鏡餅、現在ではお小遣いを貰うようになったお年玉も元々は家長が家族ひとりひとりに小さい餅を配り、タマ(魂)を身体に取り入れることで生命の更新を図る役割があったり、餅が入ったうどんを「力うどん」と呼ぶが、この力は妊婦の方など滋養が必要な方々への栄養補給の手段のひとつとして用いられていたこともあり、力という単語が餅を表すという場合もある。
間違っていたらめちゃくちゃ申し訳ないのだが……。
餅の話は代表的な話のひとつで、明治以前の暮らしで身の回りにあったもの(例えば井戸)や、自然と人々の暮らしの関係、目に見えないものを信仰したり創造せざるを得なかった時代に生まれた少し暗い側面の話など様々な暮らしの形を研究考察してくださる学者の方々のおかげで自分のようなまだ民俗学というジャンルに足を踏み入れたばかりの新参者でも多種多様なものを知ることが出来るのはとても嬉しいことだし、日々研究を続けられている方々には感謝の念しか出てこない。
本当にありがとうございます。
去年読んで一番楽しかった本は、クリス・ゴスデン氏による魔術の歴史 氷河期から現在までという本で、タイトルの通り人類がまだ農耕を始める以前洞窟の中で暮らしていた時代のヒトと自然の関わり方やその時代の祭祀の魔術的な意味を氷河期から現代まで形を変えながら多様化した魔術の歴史をじっくりと知ることができるという本。
魔術の歴史:氷河期から現在まで
ちなみにこの本で語られる魔術というのは、杖などの触媒から火を出したり超常現象を起こすものではなく、その時代で信仰されていた神と交信する為の手段であったり、もう少し現代寄りになると呪符を使って来る厄を回避しようとしたりなどそうした一連の行動を魔術と呼ぶ。
前途の通り紀元前からMagickと呼ばれる近代の魔術の歴史を考古学の視点から知ることが出来る本当に面白い本だった。
この本は家族と神保町の本屋を巡っていた時に出会った本で、500ページ以上のなかなかのボリュームだったのだが、これほど興味をそそられる本に出会えたことが嬉しかったのでその日の内に買って4〜5ヶ月ほどかけてじっくり読んだのだが、非常に楽しい本だった。
また神保町に足を運んで本屋を何件か回って好きな本との偶然の出会いを体験したい、普段はKindleで本を買うことが多いけどAmazonの検索結果を見ることと、本屋の棚を見る楽しさはそれぞれ別で、書店員さんが選んでくれたラインナップの中から突然刺さるテーマの本を見つけた時の喜びはひとしおなので本屋に行く楽しみは今も変わらずあるのだなと感じた。
喫茶店で好きな時間を過ごすのが楽しい
元々喫茶店という場所が好きでよく通っていた。
漆喰で塗られた壁にちょっと年季の入った椅子かソファとうまいコーヒーがあればそれだけで幸せで、学生の頃から本屋で買った本を片手にお気に入りの喫茶店によく通っていた。
岡山市の表町商店街の中心部にある天満屋地下街という場所にあった二番館という喫茶店の奥に半個室のような空間があって、四畳ほどの空間にアンティークの雑貨が並んである所でそこでコーヒーを楽しむ時間は至福の一時だった。
天満屋地下街にある二番館は10年ほど前に閉店してしまい、今は御津中山という岡山市街から津山線に乗って少し北に行った所にある本店のみが残っているのだが、そちらも尖塔型の屋根が特徴的で木の暖かさを感じられるとても良い空間なので、岡山を車で訪れた際にはお勧めしたい。
話を戻すと元々喫茶店が好きで用事もなく通うことを習慣にしていたのだが、コロナ禍の時期にカフェインを摂取すると夜眠れなくなってしまったことがあり、同時にコロナ禍ということもあって外へ出る機会が無くなったことで喫茶店に通う習慣も無くなってしまった。
コロナ禍も落ち着きを見せて久しい去年の夏ごろ、喫茶店に行ってただひたすら本を読む時間を過ごそうと家族の間で話になり、喫茶店でコーヒーを片手にしばらく本を読む時間を過ごした所、学生の頃に過ごしていた時間がそのまま帰ってきた感覚になりとても楽しかった。
今は大体の喫茶店でデカフェのコーヒーを出してくれる場合があるのでカフェインの心配も気にする必要をは無くなったし、何より楽しいのは目の前にある本とコーヒーだけに集中すれば良く、その間だけは普段やらねばならないことを忘れて目の前にあるものに没頭できる時間を過ごせるのが至福の一時だと思った。
長居する場合はおかわりを注文するなど少々気に留める必要はあるのだが、何にも縛られずただ自由な時間を過ごすことが日常の中で感じることが出来る贅沢な時間のひとつだということを改めて認識した。
余談になるのだが、これまで喫茶店とコーヒーが好きだという話を続けてきたのにも関わらず自分はコーヒーにあまり詳しくない。
コーヒーにこだわりを持っている方は豆の種類から焙煎の時間、挽き方やお湯の温度と淹れる分量までしっかりと研究されていてとても凄いなと思う。
自分は喫茶店で提供されるストレートコーヒーを一通り飲んで、マンデリンの苦味と微かな酸味と後に残る焙煎の香りが一番好きかも……というくらいで留まっているので、今よりコーヒーについて深く知れるようになれるといいなと思っている。
好きを育てて語彙を鍛えようの巻
この話はそもそもとして自分のはてなブログを作ったきっかけに繋がってくるのだが、好きなものをちゃんとした言葉にする機会が必要だと思い、文章を書く練習も兼ねて日記という形で残しておこうと思い至った。
これまでは無理に語ろうとして陳腐な表現になってしまうことが恥ずかしいと思い込んでいたので、好きなことを話そうとしても「○○な所がものすごく良くて〜(語彙)」のような表現に留めてしまうことが多々あり、好きだと感じたものを掘り下げることを避けるようにしていた。
はてなブログを始めて何度か日記を書いて思ったのは、自分は何かを話したり人に説明したりするのが下手だと思い込んでいるので、1から10まで説明するような文章になってしまって、ただ話が長いだけの人のような文章になってしまっているなという点を気にしていた。
そんな時、家族に教えてもらった道民の人さん、べーたさんのXのアカウントの文章がとても綺麗で驚いた。
この北の風景を「美しい」と思うか「地獄」と思うか…。北海道の真冬とは実際、その両方だ。閉ざされた雪、凍りついた時間、鈍く曇った空とたまに嘘のように晴れ渡る空、そこだけは安全地帯としていつも暖かい家…この悲しみと苦しみと愛おしさの中に「人が生きること」の本質があるように私は思う。 pic.twitter.com/cwcpbY7cfV
— 道民の人@関西コミティア72(1/19) C-41 (@North_ern2) 2025年1月3日
今日からここが我が家だ。ずっとこういう暮らしがしたかった。 pic.twitter.com/LIZoUVbcKk
— べーた (@onecuprain) 2024年11月26日
この方々は郷愁を感じるような風景と暮らしがとてもお好きで、日々の暮らしと旅先で出会った風景や人の暖かさをとても大事にされていることを140文字の中で見事に表現されていてとても凄いと思った。
あと皆さん写真が本当に上手い。その風景の中の空気の冷たさや、郷愁の中にある厳しい自然との共存の中にある人の暖かさを感じられるとてもいい写真だと思う。
レトロな暮らしの風景がとても愛おしい事や、街の1日が始まる瞬間、北国の自然の厳しさだけではなく、その中で生きる人の暮らしの美しさもあり、とても多層的な魅力を感じられるすごく好きな写真だ。
旅先で好きだと感じた風景や、日常の中で出会ったものを好きだと思うことは自分もあったのだが、ここまできちんと自分の中で反芻させた感情を綺麗な言葉にされているのを見ると背筋を正されるような思いになったので、語彙を増やそうと本を読み続けようと思ったし、文章の書き方も考え直す必要があると思った。
映画や発売したばかりのゲームの感想をXで書くのはネタバレに触れてしまう可能性があるのでそうした例は別だが、日々を過ごす上で出会った好きなものや、旅先で感じたことはもっと解像度を高い状態にして触れるようにしてみたり、好きだと思ったものの正体に迫る為にその後もじゃあその好きって具体的に何なのだろうということを自分の中で反芻させる時間が必要だと感じた。
言葉や文章が綺麗な人は聞いたり読んだりしていて本当に心地よいなと感じるので、自分もいつかそうなれるようにもっと色々なものを見て感じて好きという気持ちを大事に育てていきたいですね。
甲賀流忍者ぽんぽこさんのチャンネルにハマった
VTuberとして活動されている甲賀流忍者ぽんぽこさんとピーナッツくんのチャンネルを見ていることが多かった。
お二人のチャンネルにハマったきっかけはビワイチという琵琶湖を自転車で一周する企画の動画を見ていた時に自転車旅らしい旅情を感じながら1日で琵琶湖を回るという過酷な行程に挑戦している様子のリアルさの中にお二人の飾らない性格をだんだん好きになっていったことだった。
ぽんぽこさんとピーナッツくんのチャンネルは、旅の企画であったりチェーン店舗の商品レビューなどが主で、日常の延長線上にあるものが多く、旅の企画ではバスのみで滋賀県からどこまで遠くに行くことが出来るか。
という企画であったり、兵庫県の姫路市の沖にある無人島で一晩キャンプをするという内容の動画があるのだが、前者は普段使用しないバスの路線図を把握することに苦戦しながら滋賀県を脱出し、高速バスを予約出来る京都駅に向かう様子が昔見ていたテレビ番組水曜どうでしょうのサイコロ旅のような楽しさがあった。
無人島の企画は元々自分が瀬戸内海がある地域で長い間暮らしていたので、姫路の近くの無人島の黄土色の砂浜や花崗岩の比率が多そうな岩場を見た時に郷愁を強烈に感じた。
かつて自分が過ごしていた瀬戸内海の島や浜辺ってこんな感じだったな。という記憶がものすごい勢いで蘇ってきて正直それだけでもう見てて楽しかった。
旅行の楽しさと言えば行く地域の文化的な施設を見たり、おいしい食事を食べたり、ちょっといいホテルに泊まって日常を忘れたりするものだと最近は思い込んでいた。
だが、お二人のような目的地に行くまでの行程そのものに楽しみを見出したり、普段なかなか行かない場所に足を運んでその場でしか味わえない強烈な郷愁を感じるような楽しさがあることを思い出させてくれた。
前者は体力的にもかなり過酷な旅だと思うので実際に実践するならそれなりの用意やリサーチが必要だと思うが、過酷な旅程で体力をかなり消費してしまった後にターミナル駅で食べる食事の味はひとしおであるように思う。
後者は瀬戸内海じゃなくてもその地域の海の砂浜や岩場を見てるだけで楽しいんだよな…ということを思い出させてくれたように思う。
東日本と西日本の砂浜の色はかなり違うので、実際関東のきれいなグレーの砂浜を見た時はかなり驚いた。
旅やキャンプだけではなく、普段の暮らしでよく利用する外食チェーンの好きなメニューの紹介であったり、コンビニのホットスナックの比較であったり、日常の暮らしにかなり近いような企画もあり、特にチェーン店では自分は一度好きなメニューを見つけると以降それしか食べないタイプだったので、新たな発見があり試してみようかなという好奇心に繋がるのもとても好きだった。
普段過ごしている日常がちょっと楽しくなるような動画がとても好きなので、今後の更新もとても楽しみにしているし、お二人の活動を応援しています。
5年くらい使っていた2080Tiが寿命を迎えた
メインPCで長い間使っていたグラボがついに寿命を迎えてしまったので新調をした。
2019年に友人に組んで頂いた2080Tiメインのマシンで、グラボも相当酷使していたので今までよく持ってくれてたな…と思い新しいグラボは4000番台の生産が終わりそうなタイミングだったので4070SUPERを新しく購入した。
現在使用している環境がWin10なこともあり、今年はPCを新しく組み直そうと思っているのだが、今まで使っていたグラボの二世代先のモデルの性能はさすがだった。
自分が購入したのはミドルハイクラスのものだが、CESで発表された5090になるとどれほどのものになるのかワクワクした。
ひとまずはレンダラーのベンチマークスコアを見てからと思いつつ、消費電力が増加傾向にあるのが怖いな……と思っている。
年賀画像を作るのが楽しい
新年に合わせて年賀画像を作ることを去年から個人的な目標にしていた。
スキルアップの為の勉強としての目的と、年の瀬に年賀状を作るのってなんかいいな(ガバガバ解像度)と思っていたので、作り始めると結構楽しい。
今回は前者のスキルアップを目的にしてみようと思った。
今まで自分はレイアウト力が弱いなと感じていたので、ビューポート上でこれは良いレイアウトだと思えない限りレンダラーを立ち上げるのを禁止にした。
今まではレンダラーを立ち上げて自分のご機嫌取りをしようとしたり、まだレイアウト、モデリング作業が終わってないのにライティングの仮組みを始めて沼るようなことがあったので、これまで作業をしてきてなんとなくこれは無駄な時間を過ごしてるかもな〜という部分を理解できた。
ただ、みんなも絶対こうした方がいいぞ!!という話ではなくてそれぞれの作業を並行して行わなければならないようなケースもあるのでケースバイケースではあるのだが。
大変だったのは蛇のウロコを1枚1枚転写していく作業だった。
ウロコ1枚を手描きでスカルプトすると膨大な時間がかかるので、ウロコ1枚のアルファ画像を作り、それをヘビのモデルに転写させるのだが、それでもまぁ大変だった。
手作業でしか生まれないランダム感を出すことも重要ではあると思うのだが、次に作る時はもう少し効率的な進め方を考えたいと思う。
余談だが、テクスチャ作業でSubstance Painterで作業している時、UDIMで平面に展開したUV画像が隣に並ぶのだが、それが青魚を塩焼きにした時のような皮目の色になっていて、なんで作業中に焼けた魚の皮目を見て腹を減らさねえといけねえんだよと思った。
なんだかんだで本番レンダリングまで出してAEでACESを使用したコンポジットを行っていたが、まだACESの勘所を掴めそうで掴めないのでよくコンポジットで沼ってしまう。
分からないことがあれば基礎からしっかり覚え直したほうが良いので、この本を読んでしっかりと勉強をしようと思った。今までなんとなく雰囲気で理解していたことは出来るだけ無くしておこうと思う。
自主製作おもしれ〜
モデリング力を上げる為に身近なものを観察して1日に1個何かをアップしようということをやっていたのだが、途中で好きなものを作りたい欲求が抑えられなくなって実質三日坊主で終わらせてしまったことがかなり反省すべき点として残っていた。
自主製作をやりたいと常々思っていたがフットワークが重くなってしまうのもよろしくないので、今年は何か完全に自分のために作る自主製作の映像を1本作ってみようという目標を立ててみることにした。
前途の年賀画像の制作でひとつのことにじっくりと取り組むのが今は楽しいと感じたので、制作ペースを上げて様々なものを作るというよりはずっとひとつの何かを作り続けることになると思うのでその時々で出来たWIPを細かく上げることになると思うのだが、仕事とプライベートのバランスを上手く取りながら進められていければと思う。
今は単純に目標を立てた状態で中身のない風呂敷を広げ続ける訳にはいかないので、何か上がっていたらなんかやってるんだなという気持ちで見ていただけると幸いです。
飯沼一家に謝罪します。が面白かった
テレ東系で不定期に放送されるモキュメンタリーホラーのシリーズTXQ FICTIONのシリーズが好きで、前回のイシナガキクエを探しています。も相当面白かったのですが、今回も様々な謎が交錯して、それがひとつの形に収束していくカタルシスがある内容でとても面白かった。
TVerなどで視聴できると思われるのでネタバレは出来ないのですが、民俗学専攻のある大学教授が、これが出来たら100万円+ハワイ旅行をプレゼントという家族が協力する番組に出るために運気を上げる儀式を行ってほしいと依頼され、その儀式を行ったことによりその家族に良くないことが起きてしまい、その顛末を説明すると同時に謝罪を行うという深夜の謎の30分番組の謎に迫るものです。
ホラーなので怖くはあるのですが、いわゆるいきなりびっくりさせるようなジャンプスケア系の怖さではなく、じわじわと怖い方向性なので怖いのが大丈夫な方にしかオススメできませんが、自分は最終話の北海道の……の……中の……映像にめちゃくちゃカタルシスを感じました。
あまりにもすごすぎる。
聴いていた音楽
24年が明けたばかりの時はHEIZE氏のLast Winterというアルバムがリリースされて収録されている曲やティザーの映像がとても好きだったのでずっと聴いていた。
特にPerhaps, Happy EndingとPicnic of Night (feat. Chan)はめちゃくちゃに刺さった。
また、同じK-POPで言えばAKMU氏とBeenzino氏によるTictocTictocTictok(feat.Beenzino)もめちゃくちゃ聴いていた。
また、年始に公開されたBeatboxer vs Trackmaker feat.KAJI & KoheyのMVの制作の過程でビートボックスの文化に初めて触れることになったのだが、東京で開催されたGBB23がものすごく良くて、中でもタッグで優勝されたSARUKANIの方々のパフォーマンスと、日本のRofuと韓国のJackPotとのSMALL FINALのパフォーマンスは本当に最高だった。
24年は好きなゲームがたくさん発売されて嬉しかったと同時にゲーム音楽のサウンドトラックが少し前からSpotifyなどの配信サービスで配信されるようになったのが個人的にかなり嬉しかった。 特に24年度の後半はELDENRING SHADOW OF THE ERDTREEやSILENT HILL 2のサウンドトラックをかなり聴いていたように思う。
中でもSILENT HILL 2を代表する曲と言われるThene of lauraのアレンジが2曲も追加されたことでオリジナルなどの各バージョンとのそれぞれの違いをひたすら楽しんでいた。
今年、ThistlectのMV制作でお世話になったFeryquitousさんがIchika Nito氏との楽曲Metaphorをリリースされて驚いたしめちゃくちゃ良かった。お二人により曲もMVも全部良くて圧倒されてしまったので公開されてから1日中ずっと繰り返し再生していた日もあった。
改めて振り返ってみて
こういった形の日記は新年が明けてすぐに公開するほうが自然だと思うのだが、去年の出来事を思い出しながら文章にまとめるのにかなり時間を要してしまった。
はてなブログを始めて1年以上経つのだが去年はかなり間が空いてしまったので少し反省している。
無理に何かを書く必要は無いと思っているのだが、もう少し日常の中で感じた何かの像を言葉に替えて形にしていく必要があると思った。
また、かなり恥ずかしがりなのでこのはてなブログを始めた時は限られた人にしか見えないようにひっそりとやろう……と思っていたのだが、そうしなくてもよいか……と思うようになってきた。
24年の振り返りはこのような形になった。
今年は様々なことへの関心をより多く持てるような年にしたい。
2024年楽しかった作品まとめ
カラオケ行こ!
以前日記にも書いたのだが非常に面白かった。
漫画家和山やま先生による作品で、声変わりで悩む合唱部の聡実と、組のカラオケ大会で絶対に最下位になりたくないヤクザの狂児との不思議な友情関係を描く。
ヤクザの狂児役を俳優の綾野剛さんが演じているのだが、冒頭のシーンから綾野剛さんの色気がものすごい。背中の入れ墨が透けて見えるほど雨でびしょ濡れになったシャツを着ながら初対面の聡美に「カラオケ行こ?」といきなり言い寄るシーンは同性ながら胸の奥を刺されるような色気に満ちていた。
劇場版を見終わった後に原作も読んだのだが、どちらも非常に楽しく独特なギャグシーンで笑いを誘う場面が多くありながら、ヤクザの狂児と中学生の聡実の大人と子供の関係はしっかりと守られており、狂児が聡実の子供としての立場を気にかけるシーンがとても多く、倫理的にも安心して見ることができる。そもそもヤクザが学生と関係を持つなと言われたらそれまでなのだが…。
劇場版で好きなシーンだったのが、声変わりで自らの歌の壁に当たる聡実の悩みを何を言わずとも受け入れてくれる映画部の存在があったことで、声変わりという避けようがない現象によって感じる辛さを一時でもいいから忘れても良いという場所が多くあったのがとても好きなシーンだった。
主にギャグ描写が多い作品なので、腰を落ち着けてどっしりと見るというよりは、気軽に見てみるかという気持ちで見られる非常に気持ち良い作品だった。
2004年の作品で、恐らく既に多くの人が見ているであろう作品なのだが、なぜか今になるまで見たことが無かったのでBDを買って見ることにした。
物語の前半パートでハウルに出会ってからのロマンスと言っていいのだろうか、街の空中を2人で歩くシーンをはじめ、演出からカメラワークまで何もかもが上手すぎる。
特に背景の描き込まれ方がもの凄く、西日に照らされて古びた街や地面の色がほんのりと黄色づく色の置き方があまりにも良いし、特にソフィーが勤める帽子屋の作業場のこぢんまりとしつつも小さな窓から外を見渡せるという部屋のデザインと、ハウルの寝室のデザインは天才だと思った。
また、とてもリッチなカットが多く、カットによっては3Dのポリゴンに背景を貼って奥行き方向に移動するカットもありそれらが兼用として使われているのではなく、そのカット専用のユニークだったりするので、特に前半パートはどれだけの工夫がこらされているのかを見るのもとても楽しかった。
本当に絵が最高、100億点。
シナリオで素晴らしかったのは、ソフィーが荒地の魔女によって老婆にされてしまったことで、少しくらい気が大きくなっても構わずどのようなことにもグイグイと入り込んで行けるようになった過程がとても良いと感じた。
中でも好きだったのが、王室に行くために荒地の魔女と2人で長い階段を登るシーンで、荒地の魔女は恐ろしい存在であるとそれまでかなり言われていたのだが、階段を登る時は彼女の弱点のような一面が覗き見られるシーンになっていて、ソフィーが荒地の魔女に軽口を言いながら階段を登らせるというくだりが非常に好きだった。
ハウルとのロマンスもとても好きだったのだが、個人的に一番好きだったのは控えめな性格だったソフィーが老婆になったことで少しくらい大胆に生きたって問題ないという性格の変化がとても良くて、ジブリ作品の主人公の描かれ方で個人的に一番好きだった。
わんだふるぷりきゅあ!
毎年シリーズが入れ替わる形で放送されているプリキュアシリーズ。シリーズが好きでハートキャッチプリキュア!辺りから見始めて好きになった作品は最終話まで追うようにしているのだが、今年のプリキュアは色々と新しい取り組みがなされていてとても驚いた。
主人公、犬飼いろはと飼い犬のこむぎは、物語の舞台となるアニマルタウンにある鏡石という伝承がある不思議な石の力でこむぎは人間に、そしてプリキュアに変身することが出来るようになるのだが、その変身ヒロインの敵となる存在がガルガルと呼ばれる暗い感情が溜まったたまごから産まれる暴走した動物である。
変身ヒロインジャンルは多くの場合敵との戦闘描写があり、プリキュアシリーズも例外ではなかったのだが、相手が動物なのでプリキュア側は動物を徹底して攻撃せず、暗い感情に囚われてしまった動物をどのように助けるかを第一に動く。
敵が動物である以上、人間側が動物を攻撃するお話になってはならないことは一度立ち返って考えてみると確かにと思うのだが、本編もそろそろクライマックスなのだが敵を攻撃する描写は今の一度も描かれていない。
また、ペットとの共生の話がテーマなので、ペットと居ることで楽しいと思わせられることは勿論なのだが、生き物と暮らす上で負わなければならない責任の面もしっかりと描かれており、本来のターゲットである幼児に対して大人側の目線でしっかりと見守る目線がしっかりと描かれているのがとても好きなのと、あと単純にみんなかわいいのがとても良いし、登場キャラクター同士の関係性に迫る回もあり、自分のような大人は声を大にして騒ぐわけにはいかないのだが、毎週放送を見られることが楽しみでたまらない作品になっている。
以前日記にも書いたのだがめちゃくちゃ面白かった。
著者の岩井先生は岡山のご出身ということもあり、岡山弁で語られる話が主なので、中国地方の方言をあまり知らない方にとっては少し読みづらい部分もあるかもしれないのだが、自分も岡山出身ということもあり地元愛を感じながら主に文明開化以降の時代の暗い話を読めるのはとても良い体験だった。
話は4編の短編からなり、それぞれ繋がりがあると言うよりはそれぞれの話が独立したオムニバス形式の作品で、自分は表題であるぼっけえ、きょうてえが一番好きだった。
本文の大部分が岡山弁なのはそれぞれの話が口語によって語られるからだが、ぼっけえ、きょうてえはかつて存在した岡山市中心部を流れる旭川の中州にある東中島という場所にあった遊郭での一夜の話である。
遊女によって語られる陰惨な過去は生きながらにして味わう地獄のようだが、実話ではないにしても人が作り出した世の出来事であり、地獄に生まれ落ちてしまったばかりに獣に堕ちるしか無かった悲惨な過去がありつつも、遊女が語るある秘め事によって遊女が獣ではなく人間として踏みとどまっている人の心の複雑さが描かれており、それが一夜の夢のような出来事として語られるのが恐ろしくも美しい。
東中島には今は市電が通っており、自分が岡山に居た頃に何度も通り過ぎたことがある場所で、かつては岡山城の敷地のすぐ側だったという。
馴染みのある場所で起きた一夜の怪異に身を震わせるのはとても良い体験だった。
夜と霧
この本と出会ったきっかけは、Xでこれは名著と紹介されていて、どれどれ読んでみようとパッと買ってみて読み始めてみると本当にすごい名著だった。恐らく今後の人生で何度も読み返すことになるだろうなという一冊であると思う。
第二次大戦時、ナチスによって強制収容所に送られて金も地位も未来も希望もすべてを失い、劣悪な労働環境に晒されながらガス室にいつ送られてしまうのだろうかという恐怖に日々怯え続けるという本当に最悪の最悪の状況に居ながら、その場所で生きることへの渇望の原点を冷静に見定めて記録してくれているという凄すぎる本。
極限状態に追いやられた人間の自己を守る精神は時として他人に対して残酷になれる様や、逆に手を取り合いながら共生していく人達を冷静に見て、時には虚構に生きる希望をもらい、ベッドとも呼べない木の棚のような所で所狭しと寝転がり、寝ようと思うその前に身体についたノミやシラミを取る。
そんな毎日を過ごせば現代人である自分はすぐに心が壊れてしまうか、病気にかかってしまい使えなくなってしまうかどちらかになるだろうに、筆者はただただ諦めずにタフに生き続けて、そしてそれらを冷静に記録する。
生きるエネルギーを自らの内から発生させるにはという考察を極限状態の中でずっと続けられているかなりタフで骨太の体験記だ。
正直自分なんかが言葉にしてもよいのだろうかと迷うくらいの名著だったのだが、生きようと思うことを自分は結構簡単に忘れてしまうようなタイプなので、そうした時にまた繰り返し読んで、この本のことを忘れないでいようと思った。
魔術の歴史: 氷河期から現在まで
紀元前から近代まで世界のありとあらゆる魔術についてまとめられたバイブルのような本であり、とてもボリュームのある本だったのだが、かなり読み応えがあり、今年の大半をこの本に楽しませてもらった気がする。
きっかけは神保町で書店巡りをしていた際、書泉タワーで見つけてめちゃくちゃ楽しそう!とおもって買ったのだが、想像通り内容もとても濃く、様々な地域や時代によって異なる儀式的行動や、自然との共生の仕方の歴史が語られていて、そうした歴史をざっくりと学んでみたいけどきっかけを欲していたような自分にぴったりだった。
ちなみに、この本で語られる魔術というのは、ゲームなどでよくある何もない所から火を出したり、超常現象を起こしたりするものではなく、祭祀や儀式で執り行われる行動様式をまとめたり、紀元前に超自然と繋がるためにシャーマンが異界と繋がり、先祖や動物の霊と交信した記録を考古学の観点から辿るというもの。
あくまで日本人的な自分の考えでしかないのだが、神や霊という存在に対して半信半疑である現代と違い、それらの存在が生活の中心の中にあった時代、生活のどのような部分で活用されていて、どのような事を中心に願われていたのか。
時代によっては種族の安寧を祈るものもあれば、もっと日常にほど近い厄除け系の魔術や、相手に不運をもたらす攻撃系の魔法、更にはそれらから身を守る為の防御系の魔法など、地域や時代によって本当にバリエーション豊かな魔術の変遷を知ることができるのはとても貴重な体験だった。
愛するということ
夜と霧と同じくXでこれは名著と紹介されていた本で、どれどれと思って見てみるとこちらもさすがに名著だった。
表題の通り愛と言ってもいわゆる恋愛におけるモテ論のような話ではなく、幼少期から成年に至るまでの愛の感じ方の変化や、他人を愛することの本質を様々な方面から考察されている。
ショーペンハウアー先生の「読書について」のように読んでいて胸の中をグサリと刺されるようなことが書かれていることが多く、同時に一度読んだだけで全てを理解することは稀だと思ったので、夜と霧と同様に時間を置いて何度も読む必要があると感じた。
成熟した愛の受け取り方と成熟していない状態での受け取り方はそれぞれ異なるが、自分は出来た人間ではないのでどちらかと言えば成熟していない側に近い形となり、その状態からどのように思いようを修正していくのかという道標も書かれているのだが、その工程は簡単なものではない。むしろ辛く厳しい道のりを辿る必要があるとこの本では説かれているのだが、何事においても自分の内面を変えるというのは簡単なことではないように、愛するということも同様である。
自分は恐らくこの先も何度も間違うことはあるだろうが、都度この本を読み返して立ち直る必要があるように感じた。
ハピかわ こころのルール
24年上旬にXでバズって話題になったシリーズのひとつであり、小学校に入学した児童向けの本になるのだが、大人でも忘れがちな本当に基礎の基礎の部分をじっくり丁寧に解説してくれる。
本書で特に大事にされているのは、他人を尊重しながら自分も大切にする方法を模索することが徹底されていて、小学生の児童が対象である筈なのに大人でも勉強になることがとても多い。
大人同士の付き合いでも例えばなかなかNOと言えなかったり、場の空気が悪くなるくらいだったら自分の意見は抑えて場に合わせようということで悩むようなことは全然あるのだが、そうした悩みを大人になっても考えてしまうようなある種の恥ずかしさのようなものがありつつ、ついつい忘れがちになってしまう「自分自身も大切にする」ということはどういうことなのかをマンツーマン形式で優しく教えてくれる。
小学生児童向けの本なので、これが本屋から無くならないよう大人は黙って電子で買うのがいいのだろうなと思うのだが、令和になって様々な価値観がアップデートされて、変わっていったものを認識したり、時にはそれらを踏まえて自分の考え方を変えてみたり。
普段普通に生活をしていると、そうした簡単なことでさえ忘れそうになってしまうことが多々あるので、そうした時に再びこの本を開いて読み返すようにしたい。
また、こころのルールの他にも様々なシリーズもあり、いずれも現代の悩みに優しく寄り添ってくれる内容の本なので、心がささくれてしまった時に手に取り、じっくりと自分を癒しながら読んで頂きたいと思った。
異形にされた人達
この本は面白かったと言っていいのか少し迷う所があるのだが、とても貴重な読書体験だった。
明治維新が置きたことで社会が大きく変わり、身分制度が無くなり全ての人が戸籍を持つことが義務となった世の中で、明治維新以前は定住先を持たずとも社会と共存していた山窩と呼ばれる人達の存在、そして明治の世に職を失い生きていく手段を失ってしまった賤民と呼ばれる人々。
彼らをそのように呼んでも良いものかという心の迷いがあるが、そうした社会に馴染むことが出来なかった人達のことを知らなさすぎる自分を恥じるということを自覚した一冊だった。
今や伝承の中でしか存在しない民話や、昔の暮らしの風習は研究してくださる方々の尽力が無ければブラックボックスになってしまうことは容易にあり、自分はその中身を知ることを楽しみの一つにしていたのだが、当然ながら現代とは生活様式が大きく異なる時代の話なので、異世界での出来事を見聞するような気持ちでそれらを読み漁っていた。自主制作のネタ探しの側面もあったようにも思う。
ただ、昔の暮らしの中には前途の山窩や賤民の話など、暗い側面も当然ながら含まれているので、そうした暗い側面の話を見る時は、かつて彼らは差別の対象とされていた過去があり、それらを何かに織り込む時の描き方は慎重にならなければならないと実感した。
ゴールデンカムイを描いた野田サトル先生が、アイヌ民族の方々に敬意を払いながら作品を描いていたように、表現者である自分もそうした事柄を扱う時は、かつて行われていた差別の再生産になってしまわないように充分に気を付ける必要があると感じた。
また、この本の中には現代の話は含まれていないが、現代を生きる我々も、自分の預かり知らぬ所で差別に加担してしまっている可能性があるのではないかという力を持った作品でもあるように思う。
自分が生きている社会の外側に居る人達のことを知らぬ間に差別してしまっているのではないか、彼らの精神を追い詰めるようなことを無意識の内に言ってしまっているのではないかということを強く実感した。
SILENT HILL: The Short Message
2022年に岡本基プロデューサーによってSILENTHILLシリーズの再始動がアナウンスされて以降、ゲームという媒体では初めてリリースされた作品であり、Playstation5向けに無料で遊ぶことが出来る短編のタイトル。
Playstation5向けということもありかなり作り込まれていてプレイした時はかなり驚きまた、サイコロジカルホラーというジャンルのゲームなので、いきなり大きな音でびっくりさせるというよりは、登場人物の内面に迫るようなモチーフを用いながらじわりじわりとした恐怖を味わっていくというものであり、自分は最後にシリーズ作品をプレイしたのが3だったので、久々にSILENTHILL独自の恐怖を味わうことが出来てとても嬉しかった。
表題にもある通り本作はSNSを当たり前のように使用している少女達の話であり、彼女達が日頃から体験しているコミュニティの残酷な一面が描かれることがある。
分かりやすく言うならいじめをはじめとした、繊細に扱わねばならない事柄の描写が含まれており、ゲームをプレイする前にもそうした繊細な描写を扱うのでプレイしていて心がつらくなったら、いのちのダイヤルなどの機関に頼ってほしいというメッセージが必ず表示されるようになっており、人の心の内面を描くテーマを選択しながら同時に今の時代の価値観を反映した細やかな配慮がプレイしていてとてもありがたく感じた。
友人のマヤからSMSが来た主人公の少女アニタは廃マンションに呼び出され、中庭に置かれた多数の花束を見ていると、突如廃マンション内部で目覚めることになり、マヤから来るSMSを頼りにマンション内を探索するパートから始まるのだが、才能溢れるマヤと才能に恵まれなかった自分の差、複雑な事情を抱えているアニタの家庭を感じさせる描写、SNSを通して語りかけてくる名もなき人からの悪意ある声をアニタは感じながら、マヤの足跡を追っていくことになる。
探索の中で裏世界と呼ばれるシリーズ既プレイ者ならお馴染みの血と錆の世界でアニタは桜のクリーチャーと呼ばれる正体不明のクリーチャーから追い回される事になり、複雑で入り組んだ道を逃げ回るパートもある。
それ以上の内容はネタバレになるので言えないのだが、この表世界がゆっくりと確実に形を変えて行き、裏世界ではこれまでの世界の表面が剥がれ落ちて行き、深層心理の存在に一気に迫られるという静と動のコントラストが特徴的で、桜のクリーチャーから逃げるパートは時にルートを細かく把握していないとすぐに捕まってゲームオーバーになってしまうので、常に高い緊張感でプレイすることが出来た。
年頃の少女達の世界の残酷な面と、家庭との関係に精神的に疲れきっていたアニタはかつて自傷行為を思わせる過去の描写があったり、悪意に晒され続けて憔悴しきってしまい廃ビルの屋上にたどり着いてしまうシーンがあるなど、年頃の少女たちの世界は決して華々しいものではなく、むしろ様々な悪意に晒され続ける残酷な一面もあるということがありながら、マヤに対する憧れ、もう一人の親友の存在もおり、同時に彼女達は少女らしく自分の意志で生きようともしている。
内容はネタバレになるのでさすがに言えないが、最終エンディングでアニタにかけられた言葉の一つがとても優しくて個人的にすごく好きだった。
プレイ中は精神的につらいと思うような描写もかなりあるので、辛くなったら無理せずプレイを中断して自分の心を大事にしてほしい。また、それでも本当に苦しいという場合は迷わず警告画面に表示されている相談ダイヤルへの連絡を検討してほしい。
人によってはお辛い過去を経験された方もいらっしゃると思うので、どんな方にもプレイして欲しいとは言えないし、自分もプレイしていて心が痛むようなシーンは何度も感じたので、無理をしない範囲でプレイをして頂きたい。
でもそれらの辛さを乗り越えた先にあるエンディングが本当に好きだったんです。
ASTROBOT
Playstation5にプリインストールされているASTRO‘s PLAYROOM以降フルプライスで発売されることになったTEAM ASOBIによる作品。
アストロくんと呼ばれるボットを操作して、銀河系にさらわれてしまった仲間たちを救出していく作品なのだが、中にはPlaystationで登場した懐かしのゲームのキャラクターを模した衣装のボットが沢山おり、Playstationに触れていればいる程、プレイしていてとても楽しい作品となっている。
アクションゲーム部分もPlaystation5のDualsenseコントローラーの機能を存分に感じられる形になっており、例えるならNintendo SwitchのJoy-Conに初めて触れた時のような感動があり、ハプティックフィードバックとコントローラーに内蔵されているスピーカーのお陰で今触っているオブジェクトの質感や手触りをより高い解像度で感じられるようになっているのはとても楽しい。
また、操作するASTROがステージによって様々な形に変形して、ギミックを解いていくのもとても楽しい。個人的には、スポンジに変化して水場で大量の水を吸うことで相撲取りになり、全てを蹴散らしていけるのがとても気持ちよくて最高だった。
懐かしいあの人に再び会えるのと、シンプルにアクションゲームとしてもめちゃくちゃ楽しい作品なので、Playstationタイトルを遊んだことがある方にとっては是非ともプレイして頂きたい作品だ。
ELDENRING SHADOW OF THE ERDTREE
ずっと待ってたエルデンリングのDLC。
ソウルシリーズのDLCはボリュームが凄くて作品の核心に迫る内容のものが多かったので、ずっと楽しみに待っていたのだが今回もめちゃくちゃ楽しい内容で、空き時間を見つけてはひたすらプレイしていた。
トレイラーでも明かされているが、本編では登場しなかったデミゴッドのひとりミケラの足跡を辿るものであり、影の地という本編とは異なるフィールドを探索しながらそこで何が起きたのか、ミケラを追いながらその内容に迫るものなのだが、ストーリーの語られ方があまりにも良くて今でも他の方がまとめてくださった考察を読んだり、自分なりにまとめたりなどプレイし終わってもずっと楽しい作品になっている。
ミケラの足跡を追うにあたり、2つの勢力の過去の話を追うことになるのだが、始めは一方の勢力に肩入れしたくなるほど凄惨な状況が描かれつつも、ゲームを進めていくにあたりどちらが正しいのか、むしろ正しいものなど初めから無かったのではないかと思わせられるようなストーリーの語られ方がとても良く、登場するキャラクターの魅力もその分かなり大きい。
ゲームをプレイし終わった時には全員好きになっていたのだが、個人的に考察が楽しく好きなキャラクターはミドラーだった。
難易度はリリースされたばかりの頃はかなり高いと言われていて、実際自分も序盤をプレイしていた時はかなり手こずったのだが、影樹の破片というDLCエリア限定の強化アイテムを集めていくにつれて次第にだんだんと慣れていき、最終的には丁度よいと思えるくらいだったので、絶妙な調整だと思った。
それでも坩堝の騎士並に強靭が高くて何をしても怯まない角の戦士や、神鳥の戦士が何体もいるダンジョンを攻略していた時は心が折れかけたのだが、その奥のボスを倒した時の達成感と比べると些細なことだと思った。
エルデンリングをプレイしていてかつ、DLCエリアに行くまでは結構ハードルが高いのだが、その分ゲームとしてのやりごたえも本編で分からなかったストーリーの要素を理解できるという点でもものすごく楽しいので、エルデンリングをプレイしている方は是非ともたどり着いて欲しい。
SILENTHILL 2 Remake
2年前の秋にリメイクが発表されて以来ずっと楽しみにしていた作品で、PS2版のオリジナルをプレイした時から本当に特別な思い出がある作品だったので、今年になって現代のゲームのボリュームでこの作品がまたプレイ出来ることを本当に嬉しく思う。
ネタバレに触れずに感想を言うのがとても難しいのだが、オリジナルではゲームのシステムから敵のデザイン、ステージの構成が全て一つのテーマに沿ったデザインになっていた部分が綺麗に継承されていてかつ、現代のゲームのボリュームに合わせて追加のステージが存在していたり、既存のステージも一度の探索で全ての部屋を大体回ることが出来る内容になっていて、探索の楽しさと敵との戦闘のリスクを常に天秤にかけながら緊張感を持ってゲームを進められるようになっており、非常に楽しかった。
特に戦闘はオリジナルより複雑になっており、敵の行動がよりアクティブになっているのは勿論、ゲームの進行に応じて倒した筈の敵が再配置されることがあり、戦闘に慣れない内は敵一体との戦闘のリスクが結構高いので、倒した敵にとどめを刺しそこねたのか…?と思い執拗にとどめを刺すようになり、それでも再配置される時は再配置されるので、何が良くなかったのか、安心出来る状況は無いのかという疑心暗鬼に囚われながらゲームをプレイする体験がとても良かった。
主人公のジェイムスは自分達と同じ一般人で戦闘慣れしていないので、敵にとどめを刺す時に近接武器で叩く、足で踏みつけるという行動をするのだが、冷静にとどめを刺すと言うよりは、恐怖に駆られながら必死にとどめを刺すというアクターさん / 声優さんの演技と、SEのいい意味でリアルな感触がなかなか心に来るようになっており、ゲームを進める上で障害となる敵の排除を行う上で致し方ない部分ではありつつも、動かなくなった敵の死体から流れ出る血溜まりを見ると結構後味が悪く、前途の疑心暗鬼の点も相まって心をすり減らしながらゲームを進めなければならないようになっているのは素晴らしいと思った。
発売前にコンバットトレーラーが公開されて、オリジナルより機敏に動くジェイムスを見て不安に思った方も居たというニュース記事も見たのだが、いわゆるマッチョな主人公が敵を蹂躙していくものではなく、後味が悪い思いを抱えながらいつ敵に再び襲われるか分からない疑心暗鬼の念を常に感じながら限られた回復リソースに常に気を配るという内容がリメイクの戦闘の核心の部分だと個人的には思っている。
そして本作で最も好きだと言われているシナリオも、原作で好きだった点がしっかりと残っていてかつ、現代のゲームグラフィックスで表現される微妙な表情の差違で登場人物の感情を想像させる形に変わっており、中でもゲーム序盤のジェイムスが公衆トイレの手洗い場で手を洗い、自分の手の平を触った時に指の押し込みで皮膚が隆起している表現がとても好きだった。
本作は繊細なテーマを扱っている関係上表情や演技の部分が特に重要になるのだが、アクターさんの演技と微妙な変化を感じられるフェイシャルの細かさが本当に凄い。そしてドラマパートでキャラクターの顔や肌を寄りで映るシーンの肌の質感の表現が本当に凄い。
指紋や爪の甘皮、女性キャラクターのネイルの表現など細かなところまで本当に作り込まれており、本当に感動した。
このゲームには特別な思い出があまりにも多すぎるので、改めて日記でちゃんと感想を書こうと思っているのだが、ゲームをプレイする前に注意されたい点として、ゲームの内容上センシティブなテーマの描写が含まれる場合があり、もしプレイをしていて心が辛いと感じたら相談ダイヤルの機関に繋がるQRコードがゲームを起動すると必ず表示されるようになっている。
故に誰にでもおすすめしたいとは限らず、プレイされる際は心身の状態が良い時にプレイしていただきたい。
ネタバレになるので多くは語れないが、扱っている内容が内容なので、プレイ前にこうした警告をしっかり表示させてくれる制作側の配慮はとてもありがたく感じる。
Octane Render 2023.1で追加されたAnalytic Lightの検証
Octane Renderの2023.1がリリースされてからそろそろ1年が経過しようとしているので今更追加された機能についての話をしても既に語り尽くされてるような気もするのだが、最近ライティングに関して悩みが出てくるターンに入ったので、ぼんやりとしか理解出来ていなかった新機能を正しく知ることも兼ねて知ろうということにした。
ライティングを見直そうと思ったきっかけ
肝心の機能の解説に入る前に個人的な話をしてしまって恐縮なのだが、そもそもとしてライティングを見直そうと思ったきっかけを話すと、Environment系のシーンのライティングで、地表から高ければ高いほど明るい光が差し、地表に近付けば近付くほどどんよりとした暗い環境、ただシャドウで黒つぶれしてる訳ではなく暗い箇所のディティールもきちんと見える形のライティングが個人的にとても好きだった。
Blender使いのCGアーティストのMax Hay氏のライティングは広い空間のシーンの中で見せたいものを的確に見せるライティングがとても上手く、自分もこういったライティングを組んでみたいという憧れを持ちながらC4D Octaneでもそういうことを試せないか……と思っていたのだが、バージョン2023.1以前ではArea Lightの照射範囲がコントロールしづらかったり、単純に地表付近を暗くしたいならボリュームを使えば物理的に正しい条件で近い形のものは理論上は出来るのだが、情けないことにボリュームと向き合うことを長い間サボってしまったので、絶妙に軽く絵的にも良く見えるスイートスポットを探ったり学んだりすることが出来なかった。
いや、やれよという話なんですけども。
Octane Render 2023.1で追加された機能としてAnalytic Lightやポストプロセスでのフォグや、ボリュームライトの追加などでボリュームが重くて腰が重い問題を何とか出来るのではないかと思い立ち、検証をしてみることにしたと言う訳だ。
ちなみに、ボリュームの問題はクオリティをちゃんと詰めようと思うとボリュームと向き合うことは避けられないという結論に達したので、ボリュームに対する学びの機会はまた別の機会に用意する必要がありそうだ。
やはりこうすれば楽に良くなるなんてものはなく、地道な検証と場数を踏むことで習得できる感覚に勝るものは無かった。
Analytic Lightについて
Octane Render 2023.1で追加されたAnalytic Lightは、ライトの機能のひとつArea Lightでの機能のひとつで、簡単に言えばライトを照らす範囲・遠さ・距離などを調整できる機能である。

上の画像の内、AがONにしたもの、BがOFFにしたものであり、それぞれの光源の強さは同一のものであるが、Aは光源から三角状に光が伸びているのに対し、Bは光源に対し180度の方向へ光が満遍なく照射されているのがわかる。
Analytic Lightは簡単に説明するなら、角度、距離、減衰をユーザーが任意の値にコントロールできるものということだ。ちなみにMaterial内のEmissionや、HDRI画像を使ったライティング、Sunlightなどにはその設定項目はない。あくまでArea Light限定のもの。
…ということまではOctaneをお使いの方ならさすがに知ってるよという当たり前すぎる話でわざわざ記事を書く意味が無いので、Analytic Lightの各設定項目の比較をし、それぞれが具体的にどんな役割を担っているのかを検証した。
ライティング作業はClayの環境で行えれば各光源の影響範囲や、設定項目の役割を正確に把握しやすいのだが、大体はモデルとマテリアルが組まれた後の作業になりやすいので、自分の場合はテクスチャのディティールにどうしても目が行きがちになり、各種設定の役割を正確に把握できないことがある。なんとも恥ずかしい話なのだが。
そういうこともあり、もはや常套句になりつつあるが、自分が忘れない為の検証を行った。
Spread angle

大変お恥ずかしい話なのだが、SpreadをSpredに誤植してしまっていたのと、Spread cutout hardnessが異なる値になっているが、実際はどちらも数値は0であり、色々と間違えてしまっている。誠に申し訳ないのだが、その2点は間違っている事を前提にご覧いただけると幸いだ。
Spread angleは、光源から光が照射される角度を調整する為の項目であり、Aは最大値に近い数値、Bは最小値に近い数値を設定した。
それ以外の設定項目は基本的に同じで、Area Lightの大きさは縦横200cm、強度は100に設定されている。
Aは長細い光が30m地点から大体100m地点で減衰しているのに対し、BはAnalytic Lightを設定しない状態と同様に180度の方向へ満遍なく光が0m地点から照射されている。
AとBどちらもY軸の座標を多少上げてテストを行っているので、Y軸0cm地点からの場合だと結果が異なるかもしれないが、Aはスポットライトのようなある部分だけ照らしたいという場合に有効であることがわかる。およそ30m地点から光の影響が出てるのは少し意外だった。
Spread cutout hardness

こちらもSpread angleの値が画像では異なっているが、実際は同一の25の値を参照している。
Spread angleは光の横方向の減衰をコントロールできる。Aはソフトな印象で減衰しているが、Bは直射日光のようなパキッとしたシャープな印象だ。
Spread angleによってシャドウが影響されることは無いが、屋外シーンを作るのであれば曇りや雨天の環境で何かを照らしたいならA、快晴の環境で何かを照らしたい場合はBという形になる。
インテリアのシーンでも使い分けができるかもしれない。その場合はIESとの兼ね合いも検証する必要はあるが。
Falloff radius

Falloff radiusは、光源から光が照射されている方向をどれだけ伸ばすかというものだ。Aは中央値の20、Bは最大値の10,000を設定している。中央値が20で最大値が10,000というのは少し不思議な感覚だが、スライド上ではそうなっているのでここは感覚で覚えた方が良さそうだ。
Aは30m地点で減衰し以降は影響が無いのに対して、Bは100m地点まで光が伸びている。ちなみにライト自体の強さを変更するとその分距離も伸び縮みする。それ以外の設定項目はいずれも中央値に設定している。
インテリアのポイントライトでほんの一部の範囲を照らしたい場合はAのような設定、逆にどこまでも光を影響させたい場合はBのような設定が有効だ。尚、Analytic Light内の設定項目内には無いのだが、Octane CameraのPostProcessタブ内にLightbeam、いわゆるボリュームライトを仮想的に再現する項目が追加されたのだが、こちらで生成されるボリュームライトもFalloff radiusの設定が適応される。
屋外シーンなどでゴッドレイを出したい場合、可視光線がどこまで見えているかの影響範囲をこちらで制御できる点は、ゴッドレイ大好き人間としてはとても嬉しい項目だ。
検証画像の数値が色々と間違っている点で色々と煩雑になってしまった所があるのでこの場でお詫びしたい。
2023.1で追加された機能で、特にライティングに関する嬉しいアップデートが多かったので、こうした新機能をアーティストの感覚で制御できるようになるのはとても嬉しい点であり、特にSpread angleとFalloff radiusに関しては、欲しい機能の内のひとつだったのでアップデートで追加されてとても嬉しかった。
ライティングの自由度が上がるとそれだけシーンをリッチに見せる手段が増えるので、検証を行えてとても良かった。次回以降は数値関連に関してはなるべく間違えないようチェックをしっかりと行いたい。
Octane Renderで忘れがちなライトの強度とカメラの露出の話
HDRI画像がほぼほぼ影響しないような密室のシーンを作る際のライティングをOctane Renderで作る場合、多くの場合Arealightを用いることになるが、ライトを複数個置いて、シーンの主役となる物体に極端に高い値のライトを置いて、もう一方で脇役となる物体を照らすライトを通常の値に設定した上で、カメラの露出を極端に高い値のライトに合わせると、当然ながら脇役のライトはほぼ影響がなくなってしまうように見えてしまう。

例えば上図のような形。LightAで照らされた球体は正しく認識できるが、LightBで照らされた物体は見えるか見えないかすごく微妙な所だ。というかほぼ見えない。
普通に作業しているとこうした現象に遭遇することはあまり無いし、冷静に考えればすぐに分かるような問題なのだが、複雑なシーンを組んでいると稀にこうしたことを忘れてしまうことがあり、最近自分が見事に引っかかってしまったので、今後忘れない為のメモ用途として残しておく。
Area LightのPowerの値について
そもそもとしてArea LightのPowerの値は何を準拠にしているのかについては、OTOY公式のマニュアルに記載されており、Powerの値はワット数と同等のものになる。
ワット数で表記されているような白熱電球やスタジオ用のストロボはそれらに準じた値を入力してやればそれ相当の光を照射してくれるという訳だ。
尚、ワットとルーメンの計算式は少し複雑なので割愛をするのだが、照明器具の製品情報を参照すれば大体どの程度の明るさかの表記が書かれているのでそちらを参照すればよいという事になる。
ちなみにスタジオ撮影で使用されるジェネレーター式のストロボの最大出力が2,400ワットなので、ArealightでPowerの値をそれ以上の値にすると、現実的にはそれ以上の相当明るい光が出ていることになるし、10,000ワットまで行けばサーチライト並の明るさになるので、例え暗い森の中だったとしても照らされる範囲は昼だと錯覚できるほどの光量のものになる。
同一の空間、しかも密室で一方はサーチライト並の光量、もう一方は白熱電球より少し強い程度の光量のものがあり、どちらか一方に露出を合わせてしまうと片方のライトが見えなくなってしまうのは火を見るより明らかなので、自分はなんという初歩的なミスをしていたのだろうかと思った。


上図は先程の画像と、現実的な数値に直した状態の画像で比較したものだ。現実的な数値を参照した方はどちらの球体も正しく見えているのに対して、どちらか一方を極端な値に設定した方は右側の球体がはっきりと見えていない。
今回再現したシーンにはあまり影響は無かったのだが、正しい明るさと正しい露出を設定せずにシーンをくみ上げた場合、無理に露出を上げる事になり、レンダリング結果にノイズが乗りやすくなるという場合がある。
Octaneの機能であるAdaptive Samplingによってノイズが出やすい範囲を限定させることで多少は時間短縮を図れるかもしれないが、現実的な値に設定してやった方が露出も正しく設定出来てノイズもあまり目立たなくなるので、その方がメリットが大きい。
現実の値に即した光量でライティングをすることでここまで歴然とした差が出ることに今になって気付くとは恥ずかしいばかりであるが、今後ずっとそれを忘れないでいる保障はないのでそうなる前にきちんと体に覚えさせておく必要があると感じた。
ウソの表現といかに織り交ぜるか
とはいえ、例えば夜の繁華街のようなそこら中に光源があるような場所のライティングは正直かなり大変だし、歩道を照らす街灯の光からガラスで店内が見えるような形になっているお店からの光、ネオンカラーで光る看板もあれもこれも複雑に絡んでいるので、それらをちゃんと再現できれば嬉しくはあるのだが、カメラにほぼ映らないような箇所でそれをやるのは手間がかかってしまうし、VRAMのリソースも消費してしまうのでモデルやライトを省略して表現しないといけないことがどうしてもある。
また、ライトからの2次反射をより強調させたいという場合に強調させたい箇所にかなり小さい値のウソのライトを置いてディティールを出したいという場合もある。
そうした現実的にはあり得ないウソの表現をしなければならないことは当たり前のようにあるので、そうしたライトを置く場合、ライトが置かれる周囲の環境の平均値を基準にしてよく見える落としどころを手探りで探っていく必要がある。
シーンの中にある全ての要素を物理的に正しく再現するのは無理だという場合もあるし、物理的な正しさが必ずしも良い絵に直結しない場合もあるのですべてにおいて正しさを求める必要は無いと思うのだが、表現したいシーンに合致しやすいライトの強度の基準を知ることは良い絵を作り出すための近道になりやすいことがわかった。
特にライティングを最終調整したい際はなかなか正解が見当たらず沼ってしまうことが多々あるので、そうした際に自分の設定ミスが原因で迷うような事態はできるだけ無くしておきたいと思った。
何も頭に入ってこないこない期をどう過ごすか
やることが多くて忙しいとあまり言いたくないのだが、やることに追われて気付かない内に生活が雑になって行き、気付けば心がささくれ始めて本を読んでもニュースサイトを見てても文字が目の前をすべっていくだけで全然頭に入ってこない時がある。
読んでいるものは自分の好きな分野のものだし、内容素晴らしいものなのに頭に入ってこないということは自分の状態を疑ったほうがいいと思い何かしないとなと思うのだが、具体的に何をすればいいか全く思いつかなかったので、とりあえずそういう精神状態の時に効きそうな本を探すために「心に刺さった名著」のような月並みな検索ワードを入れて「これなら今の自分でも読めそうだ」というものに出会えればラッキーだと思いつつ、本が読めない状態なのになぜ新しい本を探そうとしているんだと思いながらネタバレに触れないめちゃくちゃ親切な方々による感想をダラダラと見ていた。
ドストエフスキー氏による「罪と罰」や、ウィリアム・ゴールディング氏による「蝿の王」など、そういう時に読んだらめちゃくちゃ凹めて最高なんだろうなと思っていた最中、若松英輔氏による「本が読めなくなった人のための読書論」に辿り着いた。
これは今の自分の状態をきちんと知ることに必要で、これに向き合うべきでは?と思ったので即買いして読んでみると、自分が今の状態になっているのは何故かをものすごく丁寧に解説してくれる本でこういう出会いがあるとはと思い僥倖だった。
ほんの一部を要約させていただくと、本が読めない状態というのは口に出せてない言葉が読者の頭の中に沢山ある状態で、言葉を受け入れる余裕が無いのでまずはどんな形でもいいからそれらを外に出してあげたほうがよいということだった。
確かにそうだと思ったのだが、いざ試そうと思うと日常の中でそれをやるには意外と難しいことにも気付いた。
カラオケなら大声も出せるし行けばよいのではないかと思ったのだが、そもそも陰キャにヒトカラはハードルが高すぎるので検討を始めて5秒で諦めた、ヒトカラが出来る人はすごい。その場でマイクを持って一人で大きな声を出す勇気はかなり大きい。
では自分の場合はどのような形が適切なのかを考えた結果、実際に声に出さずとも、強制的に自分のことを考えざるを得ない状況を作って頭の中で色々考えまくればよいのではないかと思い、好きな場所に行き目的もなく散歩をするのが一番よいのではないかと思い、善は急げで家を出ることにした。
単純に散歩と言っても目的地に何時までに着かなければならないという意識が働いてしまうので、あえて目的地を設定せず散歩するルートも自由であった方がよいと思った為、Google Map禁止、スマホを見ると家の環境からあまり離れられないのでスマホを見るのも禁止、目的があるとすれば散歩する前に好きな茶菓子を買ったり、恐らく通過するであろう地点で夕食の惣菜を買うくらいのユルい目的を設定して歩くことにした。結論から言うとそれらのルールがとても良い方向に働いた。
スマホ禁止縛りをしたのは、自分が好きなYouTuberの方がスマホを見ずに目的地まで辿り着く企画をしており、それを見て楽しそうだと思ったので、その方に影響されているのはかなり大きいのだが。
スマホを見るのを禁止にすると、その場の景色を見ることに集中したり頭の中に浮かんできたことに向き合わざるを得なくなる。浮かぶことは良いことばかりではなく悪いことが浮かぶこともあり、落ち込むこともあるのでそれが良いと一概には言えないのだが、そうして疲れてしまった時はその辺のベンチにでも座ってぼーっと景色を眺めたり、買っておいた茶菓子を食べて元気を出せばよいと思えるのでいくばくか気が楽だった。
そうやって日常でなんとなくで終わらせていたことを思い出して、疲れたら周りの景色を見て、その場で見つけたものについて考えてみるなどして、そういうことを繰り返していく内になんだかよく分からんが気分が軽くなったような気がした。
スマホを開くとすぐにネット上の誰かとの繋がりを求めたりしてしまってネットで今起きている出来事に関心が寄ってしまうし、スマホに限らず常に何かをしていないと折角の時間がもったいないと思うことがあり、時間を有効活用出来ていないと思った時は焦燥感に駆られて何かをしようと躍起になったりしてしまうので、自分のことを考える機会というのはあるようで無かったなと改めて思った。
やることが多くて時間が無いということは誰にでもあるし、そうした時間が生活の大半を占めるとだんだんと気持ちがささくれていくのはどうしても起きてしまうことなので、それは受け入れるしかないと思いつつ、時間が取れた時に30分でもいいから何もしないでこれまでのことを振り返ってみるというのは必要だと感じた。
寝る前の読書が楽しい
風呂に入り歯を磨き布団に入り、さあ、あとは寝るだけだという時に色々な事が頭に思い浮かんで眠れなくなってしまうということがあり、その時間を埋める為に眠くなったらいつでもやめて良いという自分ルールで読書を始めたのだが、これがとても良く本の内容に没頭するちょっとした時間の間だけ日常を忘れることが出来るのが自分のメンタルにとても良かったようだ。
日によっては長い時間没頭してしまい、夜更かしをしてしまうことがあったり、読んだ内容を反芻してしまって逆に眠れなくなったりと良いことばかりではないのだが。
当たり前のことを言うのだが、本はネットに書いてないことがたくさんあって楽しい。読みたいテーマについて真剣に研究されてきた方が文章をまとめ、編集の方と何度も推敲した末に出来ているものなので、そりゃそうだろうと思うのだが、恥ずかしながら今になるまでそのことに長い間気付けなかった。これほど面白いものだとは。
じゃあどんなジャンルの本を読んどるねんという話になるのだが、主に民俗学に関する本を手に取ることが多い。
民俗学はいわゆる伝統芸能や民間信仰の由来を研究する分野なのだが、例えば一度は聞いたことがあるであろう「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」という逸話を掘り下げて、その逸話の由来を考察するというもの。
近代医学が無い時代に人々は疫病からどのように身を守っていたかとか、厄が家に入ってこないようにイワシの頭を玄関先に飾ったとか、忌み田では畑作をしないほうが良いとか、ナマラスジと呼ばれる信仰を無くしたその土地の神が通るとされる道は避けたほうがよいとか、簡単に言えば明治以前の暮らしのディテールを深堀りしていく分野である。
令和になった現代と明治以前の世界で生きてこられた方々の暮らしは当然ながらかなり違う。先祖の霊や土地神を祀り、生者と死者の関係が現代と比べるとより密接だったので、当たり前だが現代人と明治以前の人間とでは考え方が当たり前のように違うし、生活様式もかなり違う。
両親が過ごしてきた時代の話や、自分が幼い頃はどんな時代だったかを思えば現在と比べて大きく変わっていることに気付けるように、何世代も前の時代は大きく異なる。生活が現代様式に変わってから失われたものや、今も尚伝承が続いている祭祀の起源を知り、その時代に生きた人々の人間性に迫ることが民俗学の醍醐味だと思っているのだが、自分はまだまだ浅学なのでまだ気付けていない楽しさがあるのだろうし、本当に民俗学の研究をされている方は楽しいだけではダメで、一次資料の読み込みや現地調査を経て証明しなければならない分野なので、面白いで済まして良いものか……と迷うところもあるのだが、これまで読んできた中で面白い、読んでいて楽しいと感じた本を挙げていく。
日本の呪い (小松和彦 著)
民俗学の研究者、小松和彦先生による日本の呪いの本。
呪いといえば有名な丑の刻参りをはじめとして、人を呪う行動の実際の効果は置いておいて、その行動で何が変わるのか、呪いで用いられる呪具は何を意味しているのか、そして先祖の霊を鎮める為の呪いや、穢れを祓うための祈祷の歴史に至るまで、とても読みやすい文章で解説してくれる。
尚、呪いの歴史やそれらの捉えられ方について解説されている本なので、実際に呪いにまつわる行動の実践を推奨するものではない。
同じ小松先生の本で「神隠しと日本人」という本もあるが、そちらもとても読みやすく、面白かった。
禁忌習俗事典 (柳田國男 著)
日本民俗学の父、柳田國男先生によるかつての日本の暮らしで禁忌とされてきたものの事典。
日本全国の禁忌や忌みが辞書のような形式で紹介されている本で、スキマ時間でも少しずつ読むことができる他、何より読みやすい。
自分が住んでいた地域にはどのような風習があったのかを知るきっかけにもなり、一つの禁忌の紹介も辞書の説明文のようなボリュームなので読書を中断してその逸話を考察する楽しみもある。
一つのエピソードを掘り下げていくというよりは、小さなエピソードを何種も紹介してくれるので活字に苦手意識がある方でも挫折せずに時間をかけて読み切ることも出来るし、何より神道と仏教のミックスが一番信じられていた土地でここまで多様な信仰が生まれているのは驚嘆する。
昔の人の暮らしが詳細なディテールで語られる為、暮らしの中にあるものの関係性を知るという点においてもとても楽しい本だった。
魔術の歴史 氷河期から現代まで (クリス・ゴステン 著)
こちらの本は民俗学と言うより考古学寄りで、世界各地の魔術について、紀元前の氷河期から近代までの變遷を考察する。尚、こちらは主に海外の事例が主で、日本の事例は紹介されていない。
ひとえに魔法と言っても杖をかざして炎を出したりするそれではなく、人間が次元の違う存在(いわゆるその土地や動物の神や死者)との交信を行なうための行動を魔術と呼ぶ。異界で啓示を聞いたシャーマンが人々にそれを伝えるというもの。
まだ洞窟で暮らしていた人類の世界の中では洞窟の岩の中に神が居たとされており、一族のシャーマンが危険な旅路を経て精霊や神からの啓示を聞いたとか。
紀元前から近代のアレイスター・クロウリーによるmagickの考察までたっぷりのボリュームで人と魔術の関わり合いを追うことが出来る。
ちなみに民俗学という呼ばれ方は日本独自の呼ばれ方なようで、海外の同様の事例を調べる際に民俗学でヒットしないことが多々あるので、そこをきちんと知っておきたい。考古学が一番近いのだろうか…。
民俗学の本を読んでみようと思ったきっかけは自分の出身地である岡山県のルーツをもっと知ってみたいと思ったことだった。
岡山県は瀬戸内海に面した山陽と呼ばれる地域と、山林に囲まれた鳥取との県境付近の山陰という地域に分けられるのだが、山陽の地域、特に岡山市の南側や倉敷市付近では元々浅瀬の海が広く広がっており、現在ほど平地が無かった為農業地開拓のための干拓が盛んに行われていた土地だった。干拓事業は戦国時代から昭和に至るまで長い期間をかけて行われてきたのだが、干拓前の平地の面積はあまり広くなく、県の大部分が山林に囲まれた土地である。
余談だが、大雨が降った際市内の用水路と道路の境目が曖昧になり、人や車が飲まれてしまう人喰い用水路と呼ばれるほど用水路が多いのは、主に農業用水を確保するための設備であり、柵が設置されているのが少ないのは、用水路があまりにも多すぎるため、新たに柵を設置しても風雨で劣化した古い柵のメンテナンスをし続けなければならず、工事がずっと終わらないという問題等がある。
そうした土地故に山間部で催される祭祀も独特なものが多く、修験道と真言密教がミックスされた祭りもあれば、前途でも触れたナマラスジと呼ばれる信仰を無くした神や先祖の霊が通る一本道、城主の娘が非業の死を遂げたことを知った城主の父親が呪詛の儀式を行い、敵方の兵士が狂い死にしたとされる言い伝えがある神社(※その神社は呪いの成就を助けるというより、呪いを受け入れ参拝した人を救う神社である)などバリエーションがとても豊かな土地である。
日本人なら誰でも知っている岡山の最大コンテンツこと桃太郎にも諸説あり、自分自身は桃太郎は吉備津彦命で朝廷から遣わされた武士が当時その土地を統治していたとされる鬼の温羅(うら)を討伐した。という話を信じているが、吉備津彦命は異界から来た武士だった、温羅は海外(おそらく百済)から来た人だったとか、様々な説がある。
そうした昔からの風習や様々な形の信仰が多種多様な場所が岡山県であり、今も尚その暮らしの跡が継承され残り続けている貴重な土地であったのでこれは調べられずにはいられないと思い至ったわけだ。久世町の両山寺護法祭とかも楽しい。
生者と死者の関係が現代より密接で、山林によって隔たれた村や集落の数だけ形の違う信仰があり、発展を遂げてきた岡山県の多様さを知ることが出来たのはとても良い体験だった。
長い間脱線してしまったので寝る前に本を読む話に戻すと、自分は単純に民俗学ジャンルに手を出してみて楽しい体験をしたのでそこに落ち着いているが、そうした本ではなく小説でもいいし、自分が好きなジャンルの本を見つけて読めば楽しいという話で、仕事や日々の生活、インターネットでの出来事を忘れて楽しみを見い出せる時間を作れるということがとても楽しいし、一日の中でメンタルの回復ポイントを作ることが出来るので、心がささくれがちな時こそ本を読もうと思った。
尚、自分は寝る前部屋を真っ暗にした状態で、Kindleを開いて読んでいるのだが、同じような環境で読書される場合はスマホのディスプレイの発光で眼精疲労を起こしやすくなってしまう為、ダークモードを活用するか、出来るのであれば明るい部屋、もしくは読書灯の使用を推奨したい。眼精疲労には特に注意していただければ幸いだ。
「ぼっけえ、きょうてえ」がでえれえ面白かった話
