日記 劇光仮面が面白すぎる

 

 

  覚悟のススメシグルイなどで知られる山口貴由先生による現在連載中の作品「劇光仮面」が面白すぎる。

  山口貴由先生の作品はシグルイから入って以降ずっと好きなのだが、シグルイやエクゾスカル零のような暗く先の見えない世界でも何かを信じてストイックに進む登場キャラクターの気高さと、キャラクターの心情に寄り添ったダイナミックな心情描写が特に好きだ。

 

  劇光仮面は、特美研という大学サークルにかつて所属していた29歳の実相寺二矢(じっそうじ おとや)が主人公であり、サークル時代の親友切通アキノリが亡くなった所から始まる。

  切通の通夜をきっかけに集まった特美研のサークル仲間は今は社会人として社会に溶け込んでおり、特撮とは少し距離を置いた生活を送っていたが、実相寺はフリーターをしながら未だ愚直に特撮のヒーローという存在を追い続けていた。

 

  切通の遺言で、自身が着ていたゼノパドンの特撮スーツを日本刀で両断して欲しいという事を叶えるために実相寺を含む特美研のメンバー達は実相寺の自宅に置かれているゼノパドンのスーツを斬る前に、実相寺が着用していた空気軍人ミカドヴェヒターというスーツを着用しようとするのだが、実相寺の身体が痩せこけていた事により、ミカドヴェヒターの着用を躊躇う。

 

  特撮のスーツには実装という機能が含まれており、人間の身体では再現できないヒーローや怪人の特異な能力を補う為にスーツに仕込まれた機構の事で、特美研の実装では、ミカドヴェヒターの例で言えば映像で表現される実装をより現実に近付ける為に高圧ガスを使った日本刀の射出機の実装が施されている。

  普通に振り回すだけでも危ない日本刀を更にガスを使った射出機で威力を底上げするので、普通に考えてめちゃくちゃ危険なので、特美のスーツを着用する際は最低2人以上の特美サークルメンバーの許可と立会が必要な訳だ。

 

  話は戻り、痩せこけていた実相寺に日本刀の威力を底上げする実装を操るのはかなり危険だと判断され、特美研のサークルメンバー達はミカドヴェヒターの着用を許可出来ないと実相寺に語りかけるが、実相寺はミカドヴェヒターというヒーローが持つ物語に自分の身体を近付けただけだと語りだす。

  痩せて乾いた身体でありながら筋トレによって何度も皮が剥けて再生を繰り返しグローブのように分厚くなった手の皮膚が実相寺の日々の鍛錬を裏付けていた。

 

  遺棄されたミカドヴェヒターは生者でもあり、死者でもある。

  どんなに悲愴な物語であろうと、何者でもない僕にとってはまぶしく輝いて見える。

 

  なんてストイックでかっこいいんだと思った。

  変身して別の何者かに変わるという行為ひとつでも、対象が持つ物語を読み解いて肉体や精神状態まで対象に近付けていき、自己をなるべく消してミカドヴェヒターそのものへなろうとする様は、まるで蛹が蝶になる時に一度自分の姿を溶かして別の存在へ変態をしていくかのように気高く美しい。

 

  劇光仮面はそんな特撮愛を現実的な地に足ついた視点でじっくりと丁寧に描いてくれる作品だと思っていたのだが、2〜4巻にかけて見えない所で怪人が徐々に日常を侵食していく。

  人間離れした機能を実現する実装を持ちながらも現実世界になるべく溶け込むために同じ特美研のメンバーの了承を得ないと着ることが出来ないというリアルに描かれた特美のスーツと、現実離れした能力を持つ怪人が邂逅した時、話がどのような形で変化していくのかとても楽しみだ。

 

  余談になるが、山口先生の作品で最も好きな所は登場人物の心情に寄り添った感情の描き方がとても好きだ。

 

  別の作品になるが、シグルイの藤木源之助が片腕を失って幻肢痛で苦しんでいる中、孕石雪千代との果し合いに勝利し雪千代の死体から流れ出た血溜まりの中に自身の失った腕が反射して映ったという話や、エクゾスカル零で到達者と呼ばれる正気を失いただ飢えをしのぐことだけを求めながら相手が人間であろうと見境なく捕食する者の首を前に葉隠覚悟が、何かを訴えかけながら苦しんだ末に死ぬのが人間の証なのだから、自分が無様に死ぬまでは安らかな場所へは行けないと悟るシーンがとても好きだ。

 

  シグルイもエクゾスカル零もいずれも暗い世界で何度も苦しみ抜いてきた中で 、蜘蛛の糸と見紛うような小さな光を見つけた時の描写がとても印象的に映ることが多くとても好きだし、なんなら荒れ地で一人簡素な野営をしながら粉末コーヒーを飲んで気力を回復させたいと一生思っている。

 

  劇光仮面では、ヒーローという存在に憧れながらもヒーローが居なくても良いほど平和になった世界ではヒーローは空っぽの存在であるという事を自覚している実相寺が、まだ数も目的もはっきりしないが確かに日常の中に居て人知れず人を狩る怪人と出会った時、実相寺が何を思うのか、闘いに勝利して得られる喜びと苦しみはなんなのか、まだコミックスの4巻が出たばかりであるが、今からでも早く続きを知りたいと思うほど楽しみだ。