好きな作品のことを書く : 第三回 ロックマンX (コミカライズ版)

  小さい頃ロックマンが好きだった。どういうきっかけで好きだったのかは覚えていないが、小さい男の子が働く車や電車が好きになるような感覚で好きだった。

  小学生になる前の頃は家にゲームが無かったので持ってもいないロックマン6のゲームの攻略本だけ買ってもらって、マップが載ってあるページをフタのついたボールペンでなぞってゲームをプレイした気になって遊んだりしていた。

  あと新聞についてくるチラシの裏にオリジナルのステージを書いて作って遊んだりしていた。クリアさせる気のない本当に酷いステージだったけど。

 

  それから暫くしていつの頃だったか覚えていないのだが、小学校でコロコロ派とボンボン派の論争が起きて自分はどちらかと言うとコロコロ派だったのだが、それをきっかけにある日友達の家でボンボンを読ませてもらった時に岩本佳浩先生によるロックマンXのコミカライズ版が連載されている事を知り、お小遣いを握りしめて初代Xの単行本を買いに行き、読んで夢中になったのだが以降は単行本がなかなか見つからなくて揃えられずにいた。

  それから暫くして社会人になるかならないかくらいの時復刊ドットコムで再発行された事を知って全巻買い揃えて読みふけった。

 

  今回はそんなロックマンXのお話です。ゲームのシリーズも大好きなのですが、今回はコミカライズ版のお話です。

 

 

正義の二文字では割り切れない事象に身を投じることへの疑問や葛藤がとても濃いタッチでダイナミックに描かれる。

 

  岩本佳浩先生によるロックマンXは、コミックボンボンで1994年〜1998年に渡って連載されていたコミカライズ作品。

  人型の自立思考型ロボット、レプリロイドが世の中に普及した世界でレプリロイドが突然狂いだし破壊行為や犯罪を行うイレギュラーの調査・破壊を専門とするイレギュラーハンターという組織があり、主人公であるエックスもその一員であったが、本来ならレプリロイドには不要であるはずの思い悩む機能があるという理由でB級ハンターという評価を与えられ、エックスも周囲からの評価に甘んじていた。

  ある日イレギュラーハンターの特A級ハンターのシグマが人類へ反旗を翻し、8体の特A級ハンター達と共にクーデターを企てる。

  シグマの野望を阻止するため、エックスそして相棒のゼロはイレギュラーとの闘いに身を投じていく事になる。

 

  岩本佳浩先生のロックマンXは一言で言い表すなら熱い、とにかく濃くて熱い。

  悩むという特性を元々持っていたエックスに泣く機能という解釈を入れて、平和のためにイレギュラーを処分しなければならないが、その為には自身もレプリロイドを狩る存在にならなければならず、エックス自身の戦いに身を投じなければならない事への苦悩とステージボス達の個性が激しくぶつかり合う様を力のあるタッチで濃く描かれるのが何よりの魅力だ。

 

  イレギュラーハンターとして人類を守るために蜂起したイレギュラーやシグマによる脅威を排除するという大義名分があり、エックスもそれに準じた行動を取ることになるのだが、エックスが身を投じる戦場は正義だけでは割り切れない複雑な事情で溢れかえっている。

  上官と部下との信頼関係やかつての友、野心や生への渇望など、破壊しなければならない対象はイレギュラーと呼ばれてはいるものの、レプリロイドとしての心を失っておらず、その領域に踏み込むエックスは必ず何かの問題に直面する。

 

  無印Xの一番最初に攻略することになるアイシー・ペンギーゴが占拠する雪山ステージでは、マルスというコミカライズ版のオリジナルキャラクターが登場する。

  マルスはかつてエックスの友だったが、シグマの蜂起以降ペンギーゴに一度敗れ、氷漬けにされていた。

  エックスとペンギーゴとの戦闘で奇跡的に目覚めたマルスはペンギーゴを捕縛し、ペンギーゴの体内にある大雪崩を発生させる装置を破壊するために自分もろともペンギーゴをフルチャージショットで撃ち抜け。とエックスに言い寄るシーンがある。

 

  初めは戸惑うエックスだったが、ペンギーゴを破壊しなければ大雪崩が発生してしまう、マルスの寿命がもう長くない事を悟ったエックスはかつてマルスに教えられたイレギュラーハンターとしての誇りを胸にマルスもろともペンギーゴを破壊する。

  チャージショットを撃つ前のエックスは涙を必死に堪え表情を大きく歪ませているという表情の描写が特に素晴らしい。

  ヒーローでありながら常に自分の行動の是非を自らに問い続け、正義の一言では片付けられないような複雑に入り組んだ事象に身を投じなければならない。という事を実感させる非常に秀逸な表情の描写だと思っている。

  

  簡単に割り切れるものではない事象に身を投じながらエックスは成長を続けていくのかと思えば、エックスの悩むという特性上、戦いの後に残るものは虚しさが静かに身を切り裂くようなそんな後味を残すようなレプリロイド同士の人間模様を濃く、そして熱く描かれているのが何よりの魅力だ。

 

 

戦いの中でエックスが成長する…かと思いきやそうではないエックスの複雑な心境に寄り添って描かれる話が素晴らしい。

 

  本作は戦いの中で絶え間なく成長をつづける伝説の称号ROCKMANにエックスが近付いていき、戦いの中でエックスの力も心も成長していくのかと思えばそうではない。

  各シリーズ事にパワーアップのためのボディパーツを得たり、8ボスの特殊武器を持つことで力の面で成長することはあるのだが、エックスの心は戦いに慣れることはなく、むしろより一層思い悩んだり、場合によっては闇落ちしたりもする。

 

  人類を守るという大義名分があるとはいえ、イレギュラー認定されたレプリロイドを破壊しつづけなければならないという責務と、闘いそのものの悲しさ、無常さに身を晒され続けられなければならない事で疲弊していくエックスの心情をしっかりと描いてくれるのも岩本先生の作品のとても好きな所である。

 

  自分が特に好きなのは、X4のウェブ・スパイダスの話のくだりだ。スパイダスを倒したエックスは涙を流しながらいつ戦いが終わるんだと慟哭する。

  そのコマも苦悶と怒りをダイナミックに表情した素晴らしいコマなのだが、エックスの問いかけにスパイダスはレプリロイドが不完全な人間を模して作られたのだから自分達が不完全である事も必然で、自分達の一号機が作られた時から人間とレプリロイドの関係は決まっていた、故に争いは終わらない。

  エックスの問いかけに対しリアリストなスパイダスは自身の思いを述べただけのように見えるが、エックスにとってその言葉は呪詛のように残り続ける独特な余韻を持つ話なのだが、平和の為に理想を掲げるエックスの問い掛けにリアリストなスパイダスの返しの対比がなんとも素晴らしい。

 

  俺達レプリロイドは現し世にいながら無間地獄をさまよう機械仕掛けのデク人形さ…というちょっとキザな言葉と共にスパイダスは絶命するが、その言葉の選び方も絶妙にかっこいい。

 

  その後のエックスは争いを終わらせる為に力に固執し、遂にはX4の隠し武装であるアルティメットアーマーを手にするのだが、その後あまりの力量の差に命乞いをするボスを粉砕して、その様をみっともないと両断するほどエックスは闇落ちしていた。

 

  X4は諸事情の都合で後半がかなり急ぎ足な展開が続いてしまうのだが、終わらない争いにエックスの心が壊れていく様子を描きたかったという意図を感じることが出来る傑作だと思っている。

  スパイダスからアルティメットアーマー入手までのエックスの心境の変化についてとても素晴らしいので手に取る機会がある方は一度読んでみて欲しい。

 

 

好きなキャラクター

 

  エックスのライバルであるゼロの他にもう一人ライバルとなるキャラクターがおり、VAVAが好きだ。

  コミカライズ版のVAVAは自らがレプリロイドである事を自覚しており、レプリロイドは戦う事以外に存在価値が無いと考えるかなり硬派なキャラクターとなっており、無印Xでの登場シーンであるたとえばこのグラスの中身がバーボンでも泥水でも俺達には大差がない…というセリフはファンの間ではあまりにも有名である。

 

  戦闘能力のみに固執し、伝説の称号ROCKMANを手にした者を倒す事を掲げるVAVAの存在はイレギュラーでありながらシグマと共に蜂起した者達とは少し違い、かなり異質な存在になっている。

  無印XではVAVA戦をきっかけにゼロのバスターをエックスが引き継ぐというくだりがあるが、そこも含めてとてもいい話になっているのでおすすめしたい。

 

  また余談だが、PSP向けに発売されたイレギュラーハンターXにはVAVAモードという隠しモードがあり、VAVAを知るためのとてもいい話になっているのでそちらも併せておすすめしたい。

 

 

シリーズが好きな方やヒーローが泥まみれになりながら何かを成すという話を読みたい方におすすめ

 

  岩本先生によるロックマンXのコミカライズはロックマンシリーズが好きな方はもちろん、エックス達が泥にまみれながらも足掻き続ける様がとても丁寧に描かれており、8ボスとの闘いやシグマ戦に至るまでのエックスの心境の変化について、とても緻密にその時の感情に寄り添う形で描かれている。

 

  また、戦いにかけてのカタルシスを掻き立てる演出も素晴らしく、8ボスとのバトルは毎回どのような困難を乗り越えてその先に何を掴むのかという結論に至るまでの道のりも多種多様で個人的にはX2のクリスター・マイマインとのバトルが物凄く好きだ。

 

  レプリロイドのエネルギー源であるエネルゲン水晶の採掘現場に居るカタツムリ型のボスで、自身を醜いものであるというコンプレックスを持っており、中ボスであるマグナクォーツの美しさの側に居る時だけ自身の醜さを忘れることが出来るというボスで、その事情を理解していなかったエックスはマグナクォーツを破壊してしまったことをきっかけにマイマインに恨みを買われ戦闘が始まる。

 

  劣勢に追い込まれるエックスは死にたくないという一心で何とかマイマインを撃退するが、マイマインの心の拠り所であったマグナクォーツを破壊してしまった事によって彼の恨みを買ってしまった事や、恐怖に駆られて結果的にマイマインを破壊してしまった事を彼の遺体の前で悔いるという悲しい結末になっている。

 

  ヒーローという存在といえどその行動の全てが正しいという訳ではなく、結果として彼らが大事にしていた場所や物を破壊しに来てしまった。という結末もあり、エックスの心に深い傷跡を残す。

  ピンチをチャンスに変えて困難を切り抜ける王道的な展開も好きなのだが、時折このように独特な余韻を残しエックスに自らの行動の是非を問わせるような話も入っていることがエックスを取り巻く物語を更に重厚なものに変化させている。

 

  コミックボンボンは残念ながら既に廃刊となっており、オリジナルの単行本を手に入れる事は難しくなってしまったが、復刊ドットコムで各シリーズ事に一冊にまとめられた単行本が現在販売されているので、そちらをおすすめしたい。(X3のみ上下巻で刊行されている)

  最近になってKindle版も発売された為、本棚のスペースが心配な方にとっても安心だ。

 

  スーパーファミコンプレイステーションでシリーズをプレイした事がある方にとっては時間がある時に一度手にとっていただきたい。